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更新:2026年6月3日 
 事例

「賃貸借契約終了したにも拘らず明渡しを遅滞した場合には,違約金として明け渡しまで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との明渡遅延違約金の定めがある場合,賃借人が契約終了に伴い期限通りに退去して賃貸人に鍵を返却したものの,依然として賃借人が室内に設置した固定パーテーションだけが撤去されずに残されていた場合,これらの撤去が完了するまで「明渡し」とは認められず,賃貸人は賃借人に対し明渡遅延違約金を請求することができるか。

 解説

1.明渡しとは
賃貸借契約が終了すると,賃借人は,不動産を占有する権限(賃借権)を失い,目的物返還義務の履行として,賃貸人に不動産の明渡しをしなければなりません(民法601条。これを目的物返還義務ともいいます)。

この点,一般に,賃貸借契約における賃借人の目的物返還義務としての不動産の明渡しとは,当該不動産の占有者が立ち退くとともに,不動産内にあった動産を取り除いて賃貸人に直接的な支配を移すことであると解されており,具体的には,原則として,次の3つの要素が全て揃うことにより初めて「明渡し」と認められます(【東京地裁平成18年12月28日判決】参照)。

逆にいえば,これら3つのうちいずれか1つでも完了していなければ,未だ「明渡し」とはいえず,これらが全て完了するまでの間,賃借人は明渡遅延違約金の支払義務を負うことになります)。

(1) 賃借人(同居人含む)が建物から退去すること。

(2) 鍵やセキュリティーカード等賃貸人から交付を受けた入室に必要なアイテムを全て返却すること。

(3) 建物内の動産類を搬出すること。

このうち,上記(2)については,賃貸人が正当な理由なく受領しないときは,賃借人においてこれに代替すべき社会的に相当な手段を採ることが許され,同手段を採ることにより履行完了したことになると解されています(【東京地裁平成22年3月16日判決】)。

また,上記(3)については,当事者間で次のような【条項例】による合意書を締結することで,免除(動産類を搬出しなくても明渡し完了とみなす)することが良くあります。

【条項例】
明渡期日の翌日以降,本件建物(敷地及び共用部分含む。)に残置物(動産類,造作及び内装設備等を含む。)が存する場合,賃借人はその所有権等一切の権利を放棄したものとみなし,賃貸人において自由に廃棄・処分することに異議を述べない。但し,当該廃棄・処分にかかる費用は,賃貸人の負担とするが,当該廃棄・処分にあたり,自動車,バイク,重機,建機及びガソリン等の危険物については,賃借人の責任と費用負担において対応するものとする。

これに対し,賃借人が賃貸人の承諾なく残置物(動産類)の所有権を一方的に放棄する意思表示をしただけでは,無主物(民法239条1項)として残置する状態を作出するだけであり,未だ上記(3)が完了したとはいえず,明渡しとは認められない可能性があります(【東京地裁令和3年9月29日判決】)。

なお,【東京高裁昭和51年4月28判決】は,「およそ権利の放棄は、これにより第三者の権利を害する場合には許されない」旨判示しており,残置物により占有侵害が発生している状態では,そもそも残置物の一方的な放棄は許されないと考えることもできると思われます。

もっとも,私見ですが,上記(3)については,若干の動産(例えば食器類や文房具類)が建物内に残っていたとしても,物理的・費用的に容易に搬出でき,社会通念上賃貸人の管理支配に支障のない程度のものであれば,完了しているとみなして良いと考えられます。

なお,「明渡し」とよく似た言葉に「引渡し」や「退去」があります。「引渡し」は,建物に対する占有を排除し相手に直接的支配を移転させること,「退去」は,建物内の物品を取り除き占有者の占有を解き建物から占有者が退出することをいうのに対し,「明渡し」は,「引渡し」のうち,相手に「完全な直接的支配」を移転させることをいいます(司法研修所編『改訂 民事執行(補正版)』〔司法研修所 平成17年3月〕80頁)。

仮に建物内に家財等の動産類が残っていても,入居者が退去して鍵の返還を受け建物(家財含む)をオーナー自ら占有できる状態になれば,(家財等の動産類が残っているので)未だ「明渡し」とはなりませんが,「引渡し」「退去」は完了したことになります。

【民法239条】
1 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。

2 所有者のない不動産は、国庫に帰属する。

【民法601条】
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

【東京高裁昭和51年4月28判決】
およそ権利の放棄は、これにより第三者の権利を害する場合には許されないか、放棄しても当該第三者の権利には影響を及ぼさないものと解すべきである(民法第二六八条第一項、第三九八条、民訴法第五九八条第一項等の趣旨参照)。

【東京地裁平成18年12月28日判決】
一般に,賃貸借契約における賃借人の目的物返還義務としての不動産の明渡しとは,当該不動産の占有者が立ち退くとともに,不動産内にあった動産を取り除いて賃貸人に直接的な支配を移すことであると解されるところ,本件において,本件不動産の直接占有者であったAらは,平成18年7月末日には本件不動産から退去し,内部にあった動産を取り除き,原告に本件不動産の鍵を返還したと認められるから,同日をもって本件不動産を明け渡したと認めるのが相当である。
<中略>
本件不動産内のパーテーションや書棚は床等に固定されているものと認められるから,それを撤去することは賃借人の原状回復義務として必要となるが,民法上,借用物の返還義務と原状回復義務は異なるものであり,後者が履行されなければ前者が履行されていない,という関係にはないというべきである。
この点につき原告は,一般に,事務所の賃貸借契約においては,賃貸人はいわゆるスケルトンの状態で目的不動産を引き渡し,賃貸借契約終了に際しては賃借人が行った内装すべてを撤去して賃貸人に引き渡すのが通例であると主張する。
確かに,一般にオフィスビルの賃貸借においては,次の賃借人に賃貸する必要から,賃借人には返還に際して賃貸借契約締結時の原状に回復することまで要求される場合が多いとしても,原状回復義務は目的物返還後に履行することも可能であるから,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復することが定められていれば格別,そうでない限り原状回復義務が目的物返還義務に必然的に先行する関係にあるとはいえない
本件賃貸借契約のこの点の定めについてみると,本件賃貸借契約では,「本契約が期間満了もしくは解除等により終了したときは乙(賃借人)は次の各号の定めに従い遅滞なく貸室を明け渡さなければならない。」(16条柱書き)とされ,同条3号は「乙(賃借人)が模様替え等原状を変更した箇所およびこのビルディングの主体または付帯設備に固定した乙所有の物件はすべて撤去し原状に復旧するものとする。」とされており,原状回復義務が明渡義務の内容となっているかのように解される余地がある。
しかしながら,そのように解すると,同号によれば,上記復旧工事は,賃貸人又は賃貸人指定の業者が実施することとされているから,賃貸人又は賃貸人指定の業者が必要以上の期間をかけて原状回復工事をした場合にも,その間は明渡し未了となり,賃借人はその間の賃料相当額及び諸経費を負担することになってしまい(同6号),合理的とはいえない。
さらに,同条2号には,「乙(賃借人)はその所有の家具,什器等を契約終了後3日以内に搬出して貸室を明け渡すこと」とされており,家具,什器等の搬出をもって明渡しと考えており,明渡しと原状回復を別の内容と捉えているといえる。
このように考えると,契約書16条の上記定めは,原状回復が賃借人の負担において行われるべきであり,かつその工事内容は賃貸人側が定めることに主眼があるのであって,原状回復義務を貸室明渡しの内容としたり,明渡義務に先行することまでを定めたものではないと解するのが当事者の合理的意思解釈として相当である。
結局,賃借人がパーテーション等を撤去して原状に回復する義務と目的物である貸室を返還する義務は別個の義務であり,賃借人が返還したかどうかは,原状回復の有無とは別に検討すべきであるから,前記認定のとおり,平成18年7月末日をもって本件不動産は明け渡されたというべきである。

【東京地裁平成22年3月16日判決】
建物賃貸借契約が終了した場合においても,賃借人は,原則として,賃貸人による建物の明渡確認を受け,かつ建物の鍵を賃貸人に返還しなければ建物の返還義務を尽くしたことにならず,賃料相当損害金の支払義務を免れないというべきである。
しかしながら,かかる建物返還債務の履行は賃貸人の協力がなければなし得ないところであるから,賃貸人が正当な理由なくこれに協力しないときは,賃借人においてこれに代替すべき社会的に相当な手段を採ることが許され,同手段を採ることにより賃借人は建物返還義務を尽くしたことになり,以後,賃料相当損害金の支払義務を免れると解するのが相当である。
本件の場合,賃借人が賃貸人による建物の明渡確認を受け,また,鍵を返還するためには,明渡確認の日の決定等について賃貸人と賃借人間で協議することが不可欠であるところ,被告は,原告会社からの郵便物の受領を拒絶してかかる協議の道を自ら閉ざしているのであり,賃借人の建物返還債務につき正当な理由なくこれに協力しないものと認めることができる(なお,賃借人が賃料等の支払を遅滞していたとしても,賃借人からの郵便物の受領を拒絶する正当な理由とならないことは言うまでもない。)。
そして,原告は,本件賃貸借契約締結の際の仲介業者であった訴外不動産会社に対して建物明渡しの立会いを求め,平成20年9月30日,本件建物の鍵を同社に預けたものと認めることができ,原告会社がかかる措置を採ったこともやむを得ない社会的に相当な行為と評価できる。

【東京地裁令和3年9月29日判決】
残置物がある場合,所有権放棄をすることで当然に占有者としての明渡義務を免れるものではない(無主物が残置されるに至る原因は放棄者が作出しているのであるから,占有の継続を認めるのが相当である。)。

2.目的物返還義務(明渡義務)と原状回復義務の関係
賃貸借契約が終了すると,賃借人は原状回復義務を負いますので,原則として,建物を最初に借りたときと同じ状態(経年劣化等の通常損耗は除く)に戻さなければなりません。

従って,賃借人が施した内装設備すなわち壁紙,床板,造作(エアコン,パーテーション等)は,全て撤去する必要がありますが,これらが撤去されず残されていた場合,「明渡し自体が未完了だ」として,賃貸人は賃借人に対し,明渡遅延違約金を請求することはできるのか,別の言い方をすれば,「目的物返還義務(明渡義務)」の中に「原状回復義務」が含まれるのかしばしば問題となります。

この点,目的物の占有を賃貸人に移転させることは原状回復義務の履行の有無にかかわらず可能であり後者が履行されなければ前者が履行できないという関係にはないこと,原状回復義務は目的物返還後に履行することも可能であること,法律の明文上も目的物返還義務(民法601条)と原状回復義務(同法621条,622条,599条1項)は別々に規定されていること等に鑑みれば,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復すること等の特段の合意がない限り原状回復義務が目的物返還義務に必然的に先行する関係にあるとはいえないと考えられます(前掲【東京地裁平成18年12月28日判決】【東京地裁令和元年7月16日判決】)。

もっとも,前掲【東京地裁平成18年12月28日判決】にいう「目的物の返還に先立って原状回復することが定められていれば格別」及び【東京地裁令和元年7月16日判決】にいう「当事者間に特段の合意がない限り」との文言からすれば,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復すること及び原状回復完了するまでは未だ明渡しとは認められず明渡遅延違約金の支払い義務がある旨が明確に定められていれば,原状回復義務の未履行をもって明渡しの未履行と同様に明渡遅延違約金の請求をすることも可能と思われます(【東京地裁平成29年11月28日判決】)。

この点は,居住用ではあまり問題になりませんが,商業ビルでは,スケルトン貸しにより内装工事を全てテナント側でやるということも珍しくなく,そのような場合には,原状回復を終えない限り明渡し未了とみなす条項が有益となりますので,多湖・岩田・田村法律事務所では,とりわけ商業ビルの賃貸人の立場からは,次のような【条項例】を定めておくよう助言しています。

【条項例】
賃借人は,本契約が終了する日までに(期間満了,解除,解約等終了原因問わない。以下同じ。),本物件を原状回復の上で明け渡すものとし,これを遅滞した場合には,退去,動産類の搬出又は鍵の返還の有無に拘わらず,賃貸人に対し,本契約終了日の翌日以降本物件の原状回復及び明渡しがいずれも完了するまでの間,1か月あたり月額賃料及び共益費合計額の倍額の割合による違約金を支払う。ただし,賃貸人に当該違約金額を超える損害が生じたときは,賃貸人は賃借人に対し,別途損害賠償請求することができる。

ただし,上記のような条項(特段の合意)を定めても,軽微な原状回復義務の違背があるに過ぎない場合は,賃貸人は,それによって被った損害の賠償を請求し又はその代替履行のために要した費用の償還を請求することができるのは格別,当然に賃料相当額の損害を賃借人に請求することができるものではなく(【東京高裁昭和60年7月25日判決】),また,居住用の場合は消費者契約法10条で無効になる可能性もありますので注意が必要です。

また,契約書に,原状回復工事を賃貸人または賃貸人指定の業者が実施する旨の特約や原状回復工事内容を賃貸人側が決定する旨の特約がある場合などで,賃貸人が必要以上の期間をかけて原状回復工事をした場合にも,その間は明渡し未了となり賃借人は明渡遅延違約金を負担することになってしまい合理的とはいえないため,そのような場合には,やはり明渡遅延違約金や賃料相当損害金を請求できる期間は,原状回復工事に通常必要とされる合理的期間に制限されると解されます。

他方で,上記のような条項(特段の合意)がない場合でも,賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃借人にある場合には,例外的に目的物返還義務(明渡義務)の不履行と同視される余地がありますが,余程の事情がない限りは認められないと考えられます(【東京高裁昭和60年7月25日判決】【高松高裁平成24年1月24日判決】参照)。

【東京高裁昭和60年7月25日判決】
本件賃貸借契約の締結に際して当事者間で交わされた契約書には、「賃借人は、賃貸借契約が終了したときは、賃借人の加えた造作、間仕切、模様替その他の施設及び自然破壊と認めることのできない破損箇所を賃貸人の指示に従って契約終了の日から一五日以内に賃借人の費用をもって原状に回復しなければならない。」、「賃借人は、右の条項による明渡完了に至るまでの賃借料及び付加使用料に相当する金額を賃貸人に支払い,なお損害のある場合にはこれを賠償しなければならない。」との各条項が記載されていることが認められるところ、本件建物のような営業用建物の賃貸借契約の実情に照らして判断すれば、その趣旨とするところは、賃貸借契約の終了に伴う目的物の返還義務と原状回復義務とは本来必ずしも一致するものではないけれども、賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃貸人にある場合には、これを目的物返還義務(明渡義務)の不履行と同視して、賃借人は賃貸借契約終了後一六日目から右のような原状回復義務履行済みに至るまで賃料相当額の損害金を賃貸人に支払わなければならないとするにあるものと解するが相当である。
したがって、右の程度に至らない程度の軽微な原状回復義務の違背があるに過ぎない場合においては、賃貸人は、それによって被った損害の賠償を請求し又はその代替履行のために要した費用の償還を請求することができるのは格別、当然に賃料相当額の損害を賃借人に請求することができるものではないものといわなければならない。
さらに、建物賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務といっても、その範囲は必ずしも一義的に明らかなものではなく、とりわけ本件におけるように営業店舗用建物の賃貸借契約にあっては、賃借人が自己の営業目的に適合するように改めて内、外装工事等を行うような例が多いため、字義どおり賃貸借契約締結時の原状に回復することが常に合理的であるとは限らず、賃貸人にとっても格別の意義がないことが多いのであるから、原状回復義務の履行に当たっては、賃借人としては、賃貸人との協議の結果と社会通念とに従って、賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するについて障害が生じることがないようにすることを要し、かつ、そうすることをもって足りるものというべきである(前掲契約書には、賃借人は賃貸人の指示に従って原状回復義務を果たすべき旨の条項が含まれているが、その趣旨は、以上に説示したところと特に異なる意味を持つものではない。)。

【高松高裁平成24年1月24日判決】
本件賃貸借契約においては本件土地建設に設置した設備等を撤去の上明渡しをすることとされているが,本来,原状回復義務は必ずしも明渡義務の内容となるものではなく,同契約上,控訴人が原状回復工事を行わない場合は,被控訴人においてこれを行い,同工事費用を敷金から控除できる旨の規定もあることや,本件営業建物が営業用建物であり,比較的定型的な原状回復工事で足りる住居とは異なることを前提として,原状回復工事の内容に争いがある場合の当事者の合理的意思等の観点からすれば,新たな賃貸借の妨げとなり,あるいは被控訴人に過大な原状回復工事の負担をかけるような重大な原状回復義務の違背がある場合には,明渡義務の不履行に当たるというべきであるが,そのような程度に至らない場合には直ちに明渡義務自体の不履行となるものではない。
<中略>
仮に鉄パイプの撤去の点で原状回復義務の不履行があるとしても,ごく軽微なものにとどまり,明渡義務の不履行に当たるような重大な原状回復義務の違背があるということはできない。

【東京地裁平成29年11月28日判決】
本件賃貸借契約には,明渡しに関する合意として,契約が終了したときには,原告がその所有物及び原告が附設した諸造作等を自費により撤去し,本件建物をスケルトンの状態に復して本件建物を明け渡すこと,明渡期日が経過した後も明渡しが完全に終了しない場合には,原告が,その完了に至るまで,違約損害金として従来の賃料に30%を加算した金額を被告に支払うことの合意がある。
本件賃貸借契約は平成26年3月27日に終了したところ,原告は,同日に本件建物から什器及び備品等を搬出し,平成26年5月14日には本件建物の鍵を被告に返還したことが認められる。
しかし,上記の合意によれば,本件賃貸借契約においては,原状回復を終えることが目的物の返還の内容とされ,原状回復を終えない限り本件建物の明渡しが未了とされることが合意されていたといえる。
したがって,鍵の返還をもって本件建物の明渡しが完全に終了したということはできず,原告は,本件建物の原状回復が完了するまでの期間について,上記合意による違約損害金を支払う義務を負うというべきである。

【東京地裁令和元年7月16日判決】
賃借人が目的物の占有を賃貸人に移転させることは原状回復義務の履行の有無にかかわらず可能である以上,賃貸借契約が終了した場合における目的物の返還義務は,当事者間に特段の合意がない限り,賃借人が目的物の占有を解き,その占有が賃貸人に移転した時点で履行されたものと評価すべきであり,そのことは,原状回復義務の履行の有無とは別個の問題であるというべきである。
本件では,上記前提事実のとおり,本件契約書において,賃借人は,契約終了と同時に,本件住戸を引渡時の原状に回復の上,本件住戸を明け渡さなければならない旨規定しているものの,これは,賃借人が引き渡す前に原状回復工事を行う義務があることを明確にするにとどまり,原状回復工事が終了しなければ明渡しがあったとはみなさないという規定ではなく,またその他の証拠からも,上記特段の合意があったとは認められない。

 結論

以上より,頭書事例では,原状回復が未了だからといって明渡し未了(遅滞)とはならず,賃借人は,明渡遅延違約金を支払う義務はありません。

但し,契約書で,例えば「賃借人は建物を原状に復した上で明け渡すものとし,これを遅滞した場合には,退去あるいは動産類搬出の有無に拘わらず,違約金として明け渡し及び原状回復工事完了まで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との条項が置かれ,かつ他の条項も加味して解釈し,原状回復義務が明渡しの前提とされていると解するのが合理的と判断される場合には,仮に退去,鍵の返却及び動産の搬出が全て完了していたとしても,(少なくとも重大な)原状回復義務が未了の間は,賃借人には明渡遅延違約金を支払う義務が生じる可能性が高いといえますが,賃貸人自身でも原状回復工事を行えるにも関わらず敢えて放置しているような場合や賃貸人が必要以上の期間をかけて工事を行ったような場合には,明渡遅延違約金を請求できる期間は,原状回復工事に通常必要な合理的期間に制限される可能性があります。

この点に関し,多湖・岩田・田村法律事務所では,契約書全体を通読し他の条項も加味して当該明渡遅延違約金条項の趣旨を総合的に判断していますので,個々の事案に応じて必ず法律専門家にご相談頂くよう助言しています。

 実務上の注意点

3.明渡完了後~原状回復未了の間の逸失利益
前述2のとおり,目的物返還義務(明渡義務)と原状回復義務は,別個のものですので,明渡義務は完了しているが,賃貸借契約終了後も原状回復義務が未履行で,そのために次のテナントに賃貸に出せないという場合が生じます。

この場合,賃貸人は,自ら原状回復工事をして当該工事費用相当額を原状回復義務の債務不履行に基づく損害賠償請求として賃借人に請求できることは問題ありませんが,賃貸人が自ら原状回復工事もせず延々放置した場合,賃貸人は,賃借人に対し,その間次のテナントに賃貸できなかったと主張して,原状回復義務の債務不履行に基づく損害賠償請求として逸失利益(次のテナントから得られたであろう賃料相当額)まで請求することができるのか問題となります。

この点,契約終了と同時に退去及び原状回復工事が完了していたとしても,その翌日からすぐに次のテナントに賃貸し得る蓋然性が低い場合もあり,原状回復の遅延と当該逸失利益との間に相当因果関係が認められない場合もあると思われますが,仮にこの点は措くとしても,原状回復義務は,第三者において履行可能なもので代替性を有し,賃借人退去後は賃貸人においていつでも独自に業者を手配し工事を行うことも可能であること等に鑑みると,逸失利益の請求が認められるのは,業者の選定・手配・費用見積並びに実際の補修工事に通常必要な合理的期間に限られると考えられます(【東京地裁昭和53年10月26日判決】【東京地裁平成21年1月16日判決】【東京地裁平成26年10月21日判決】等参照)。

【東京地裁昭和53年10月26日判決】
賃借物件の原状回復のための補修が代替性を有し、かつ第三者において右補修着手可能時(多くの場合賃借物件から退去の時である)までにおける賃借人の負担する債務を保証金から控除した額によって、補修費用及び補修に必要な期間中の明渡遅滞損害金をまかない得るのであれば、賃貸人は賃借人退去後補修に必要な期間を経過した時点において、右残存保証金から、更に、補修費用のほか、補修必要期間を明渡遅延期間とみなし同期間中の明渡遅滞損害金を控除した残額を賃借人に返還すべき義務を負うものと解するのが相当である。
<中略>
もし、被告が主張するように、賃借人が原状回復義務を履行しない限り賃借物件の明渡が行なわれないと解すると、賃借人が自らその補修をなさない限り又は本件における如く賃貸人が補修を行なって明渡したとみなさない限り、明渡遅滞損害金が保証金から控除され続けることになる。
そうだとすると、たとい補修をしないことにつき賃借人に責のある場合であっても、賃借人の損失が賃貸人の得る利益に比し均衡を失し不公平な結果を招来することが考えられる。
例えば、賃借人が資力に欠け不本意に補修を遅滞しているが、反面経済情勢の影響等で貸室希望者が少なく仮に即時に原状回復されたとしてもこれを他に賃貸し得る蓋然性が低いことが予想されるにもかかわらず、賃貸人は補修が遅滞する間(少なくとも保証金から明渡遅滞損害金を控除し得る間)毎月賃料の倍額及び共益費用に相当する明渡遅滞損害金を取得し得るという結果を容認することにもなるのである。
これに対し前記の如き解釈をすれば,右のような不都合結果は避け得るし、また貸室希望者の多い場合には、保証金が残存する限り賃貸人が賃借物件の補修が可能となった時点において直ちに補修に着手すれば、その費用及び補修のため賃借物件を利用し得ない損害を明渡遅滞損害金控除という形で十分回復のうえ他に賃貸することができるのであるから、賃貸人にとって不利益をもたらすということはない。 
以上に述べた理を本件についてみると、原告は本件貸室を昭和五〇年一〇月二五日に空室としたのであり、毀損箇所の補修は代替性を有すると認められるから、同月二六日以降は、いつにても、被告において本件貸室の右毀損箇所を補修することが可能であったということができ、また、右毀損箇所の補修工事は費用見積期間を含め約一ケ月で可能であったことが認められるから、補修に必要な期間即ち明渡遅滞損害金を算定する期間は同年一〇月二六日から同年一一月末日までと認めるのが相当である。

【東京地裁平成21年1月16日判決】
本件契約書23条1項1号では、本件契約が終了したときには、Aは本件ビルを原状回復をした上で明け渡すこととされているが、他方、同項2号では、原状回復工事は、被告又は被告の指定する者が実施し、その費用はAが負担すべきものとされ、同項3号では、本件契約終了時に残置されているAの所有物はこれを放棄したものとみなし、被告の処分に任せ、その処分費用はAの負担とすることとされている。
以上の規定を総合して合理的に解釈すれば、本件契約終了後、賃借人が本件ビル内に設置した動産類を撤去しない場合等、その原状回復義務を履行しない場合には、賃貸人は、返還義務の未履行として賃借人に対してその撤去等の原状回復を請求することができるが、いったん賃貸人が賃借人から賃貸借終了に基づく返還義務の履行として本件ビルの明渡しを受けた後は、賃借人の費用負担で賃貸人が自ら原状回復工事や残置された動産類の処分を行うことができる旨を規定したものと解される。
そうすると、本件契約書23条1項1号は、上記明渡しを受けた後について、賃料又は賃料相当損害金の負担について何ら規定するものではないと解するのが相当であり、これをもって原状回復工事完了のために相当な期間の賃料又は賃料相当損害金を賃借人が負担すべきことを規定したものであると認めることはできない。
<中略>

また、被告は、原状回復工事に必要な相当期間は、本件ビルを第三者に賃貸することができず、その間の賃料相当額は、被告の債務不履行により通常生ずべき損害であるから、原告はその支払義務を負う旨主張するが、一般に、建物賃貸借契約において、当該契約終了に基づく建物返還後、少なくとも通常想定しうる範囲の原状回復工事に必要な相当期間については、特段の合意のない限り、賃借人に賃料等を負担させないものとするのが通例であることは当裁判所に顕著であり、本件契約においては、かかる特段の合意が存するとは認められない。

【東京地裁平成26年10月21日判決】
原告は,被告から補修費用の支払がないと,経済的に本件貸室を修理することができないから,平成25年4月から同年9月までの6か月間に得られるはずであった本件貸室の賃料相当額についても,被告の不法行為との間に相当因果関係のある損害である旨主張する。
しかし,原告が被告から補修費用の支払がないと経済的に本件貸室を修理することができないと認めるに足りる証拠はない。
また,そのような事情によって生じる逸失賃料は,本件貸室の損壊等によって通常生ずべき損害とはいえず,特別の事情によって生じた損害であるといえるところ,被告がその事情を予見し,又は予見することができたと認めるに足りる証拠もない。
そうすると,上記逸失賃料は,被告の不法行為との間に相当因果関係のある損害であるとはいえず,原告の上記主張は理由がない。

4.不動産管理会社による明渡交渉の可否
不動産の管理会社が次のような行為をすることは特に問題ありませんが,「解決しなければならない法的紛議が生じることがほぼ不可避」な交渉(管理会社の裁量・判断により結果が左右される事務)まで行なうと,「非弁行為」(弁護士法72条及び73条違反)として違法となるおそれがあるので注意が必要です。

(1) 更新の意思を確認すること

(2) 更新時の更新条件(期間,賃料額,更新料等)を提示すること

(3) 賃料の請求書を送付すること

(4) 明渡時に現場に立会うこと

(5) 修繕費用や原状回復費用を見積り賃借人に通告すること

(6) 明渡期限を賃借人に通告すること

(7) その他,賃貸人と賃借人双方の意向を仲介して伝達すること

弁護士法72条違反となる「一般の法律事件」とは,「同条において列挙された事件と同視しうる程度に権利義務に関し争い若しくは疑義がある案件」又は「新たな権利義務関係を発生する案件」をいい(【東京地裁平成3年4月25日判決】【神戸地裁平成13年10月29日判決】【広島高裁平成27年9月2日判決】),さらに前者については,法的紛議が顕在化している必要はないものの抽象的な恐れや可能性では足りず「法的紛議が生じることがほぼ不可避であるといえるような事実関係が存在することが必要である」と解されています(【東京地裁令和2年2月3日判決】。なお,この点を明示はしていないものの【最高裁平成22年7月20日決定】も参照)。

もっとも,弁護士法72条は,「弁護士でない者が、報酬を得る目的で、かつ、業として、他人の法律事件に関して法律事務の取扱等をすることを禁止している」ものですので(【最高裁昭和46年7月14日判決】【最高裁昭和50年4月4日判決】【最高裁平成29年7月24日判決】),(条文上明記されていないものの)あくまで他人の法律事件であることが前提となります(【大阪地裁令和5年12月15日判決】。なお,高中正彦『弁護士法概説(第5版)』〔三省堂〕347頁は,他人性を「隠れた構成要件」としています)。

従って,管理会社が賃借人も兼ねて,転貸借(サブリース)する形が採られていれば,管理会社は,あくまで自らの転貸人としての立場で自己のために転借人と明渡交渉することができるため,「他人の法律事件」とはならず,弁護士法72条違反にはなりません。

また,不動産業者が所有者(賃貸人)から賃貸物件を買い受け,賃貸人の地位の移転がなされている場合も,あくまで自らの賃貸人としての立場で自己のために賃借人と明渡交渉することができるため,「他人の法律事件」とはならず,弁護士法72条違反にはなりませんが,この場合は,別途,弁護士法73条違反の問題が残ります(【熊本地裁平成31年4月9日判決】参照)。

これに対し,売買契約締結しても決済前(所有権取得前=賃貸人の地位移転前)の時点では,あくまで売主を賃貸人とする賃貸借契約は,買主から見れば他人(=売主)の法律事件ということになりますが,決済前でも,売買契約が締結済みで,かつ,当該売買契約書で「売主は,賃借権等買主の完全な所有権の行使を阻害する一切の負担を消除して買主に引き渡す」との約定がされている場合には,買主は,売買契約の締結により「売主に対し売買代金の支払いと引換えに賃借権の負担の無い物件の引渡しを請求できる権利」を有しますので,かかる売買契約に基づく自己の権利を確保する目的で売主に代わり賃貸借契約の解約通知書の作成・送付等の法律事務を行うことは,当該法律事務自体により「報酬を得る目的」が認められず,弁護士法72条に直接的には反しないとも思われます。

もっとも,弁護士法72条違反となる「報酬を得る目的」とは,法律事務の取扱いとの間に直接的又は間接的に対価関係が認められることが必要であると解されているため(【東京地裁平成28年9月26日判決】【東京地裁平成29年2月20日判決】),例えば,顧客に他社とのサービス契約を解除させるため解除通知書の作成・送付を代行した上,自社と新たに同種のサービス契約を締結させる行為は,解除手続の代行行為そのものから直接的に報酬を得る目的があるとはいえないものの,当該顧客が支払うサービス料金の中に当該代行行為の対価が含まれていると考えられる場合には,解除手続の代行行為と当該サービスの販売利益との間には,少なくとも間接的な対価関係が認められることから,「報酬を得る目的」が認められます(【東京地裁平成28年7月25日判決】参照)。

この観点からすると,少なくとも,買主が売主に代わり賃貸借契約の解約に向けた法律事務を行うことを前提に,その分,売買価格が安く抑えられている等の事情がある場合には,「売買代金を安く抑える目的」=「報酬を得る目的」となり,弁護士法72条違反となる可能性があるため,多湖・岩田・田村法律事務所では,特段の事情ない限り,必ず決済後(所有権取得後)に解約交渉を開始するよう助言しています。

また,「他人性」については,法人格の異同のみで判断せず,独立した法的地位・権利義務を有するかどうかという観点から考えるならば,完全親子会社の場合,子会社は親会社の完全な支配下にあるといえるため,実質的に「他人」とはいえず,親会社の法務部が子会社の法律事件につき法律事務を行っても弁護士法72条には反しないと解することができますが(高中正彦『弁護士法概説(第5版)』〔三省堂〕347頁),法務省大臣官房司法法制部「親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条」(平成28年6月)では,「親会社の子会社に対する行為については,それが反復的かつ対価を伴うものであったとしても,他に同条の趣旨に反する事情(紛争介入目的で親子会社関係を作出した等)がない限り,同条に違反するものではないとされる場合が多いと考えられる」としつつも,「親会社・子会社の目的やその実体,両会社の関係,当該行為を親会社がする必要性・合理性その他の個別の事案ごとの具体的事情を踏まえ,同条の趣旨に照らして判断されるべきものである」としていますので,多湖・岩田・田村法律事務所では,具体的事情を踏まえて判断するよう助言しています。

弁護士法72条と異なり,同法73条については,「報酬を得る目的」は不要と解されていますが(【大阪高裁令和6年7月12日判決】参照),他方で,形式的には同条に該当する場合であっても,国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずるおそれがなく、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には,同条に反しないと解されていますので(【最高裁平成14年1月22日判決】【熊本地裁平成31年4月9日判決】参照),弁護士法72条よりも,一層,実質的な判断が必要となります。

例えば,宅建業者が,不動産の共有持分(遺産共有持分を含む。)を買受け、他の共有持分権者に対し当該共有持分の買取りの交渉をしたり、共有者間の協議が整わない場合に共有物分割請求訴訟を提起したりする行為(【東京地裁令和6年5月27日判決】)や,明渡し後の不動産を転売して利益を得ることを目的として競売手続において所定の方法で不動産を買い受け任意交渉によって申立債権者に劣後する占有者の明渡しを実現する行為(【熊本地裁平成31年4月9日判決】)は,法的手段又は社会通念上相当な態様で行われている限り,社会的経済的に正当な業務の範囲内であると認められ,原則として,弁護士法73条違反にはならないと考えられます。

なお,弁護士法72条においても,同法73条と同様に,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合に違法性が阻却される余地を認める下級審判例(【東京地裁平成28年4月7日判決】【東京地裁平成28年7月25日判決】)が散見されますが,私見では,未だ最高裁判例がないこと及び昭和26年法律第221号により弁護士法72条から「正当の業務に付随してする場合」に違法性が阻却される旨の但書規定が削除された経緯(日本弁護士連合会調査室編『条解弁護士法(第5版)』〔弘文堂〕659頁参照)等に鑑み,弁護士法72条においては,同法73条の場合よりも「正当な業務の範囲内」として違法性が阻却される場面はかなり限定的に考えるべきと思われます。

【弁護士法72条】
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

【弁護士法73条】
何人も、他人の権利を譲り受けて、訴訟、調停、和解その他の手段によつて、その権利の実行をすることを業とすることができない。

【最高裁昭和46年7月14日判決】
同条【※弁護士法72条】制定の趣旨について考えると、弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであつて、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。
しかし、右のような弊害の防止のためには、私利をはかつてみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りるのであつて、同条は、たまたま、縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもつて目すべき行為までも取締りの対象とするものではない。
このような立法趣旨に徴すると、同条本文は、弁護士でない者が報酬を得る目的で、業として、同条本文所定の法律事務を取扱いまたはこれらの周旋をすることを禁止する規定であると解するのが相当である。換言すれば、具体的行為が法律事務の取扱いであるか、その周旋であるかにかかわりなく、弁護士でない者が、報酬を得る目的でかかる行為を業とした場合に同条本文に違反することとなるのであつて、同条本文を、「報酬を得る目的でなす法律事務取扱い」についての前段と、「その周旋を業とすること」についての後段からなるものとし、前者については業とすることを要せず、後者については報酬目的を要しないものと解すべきではない。
※【 】内は筆者加筆。

【最高裁昭和50年4月4日判決】
被上告人の右法律事務の取扱が商行為になるからといつて、直ちにそれが弁護士法七二条に触れるものということはできない。
けだし、弁護士法七二条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、かつ、業として、他人の法律事件に関して法律事務の取扱等をすることを禁止しているのであり(最高裁昭和四四年(あ)第一一二四号、同四六年七月一四日大法廷判決・刑集二五巻五号六九〇頁参照)、右の「業として」というのは、反復的に又は反復の意思をもつて右法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるにいたつた場合をさすと解すべきであるところ、一方、商人の行為は、それが一回であつても、商人としての本来の営業性に着目して営業のためにするものと推定される場合には商行為となるという趣旨であつて、商人がその営業のためにした法律事務の取扱等が一回であり、しかも反復の意思をもつてしないときは、それが商行為になるとしても、法律事務の取扱等を業としてしたことにはならないからである。

【東京地裁平成3年4月25日判決】
※被告Aが代表取締役を務める被告会社において自己の費用負担のもとに借地上の建物を買い取ったうえ居住者を立ち退かせ,土地所有者である原告は被告会社に対し建物買取りと居住者の立ち退きの対価としてその土地上に第三者に譲渡可能な借地権を設定し第三者に譲渡することを予め承諾するとの約定で受任した事案。

法律事件」とは、権利義務に関し争いがあり若しくは権利義務に関し疑義があり、又は新たな権利義務関係を発生する案件を指すと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件委任契約が締結された昭和六〇年六月当時、本件各建物の所有者と本件土地の所有者である原告との間では借地非訟事件や民事訴訟事件が係属するなどし、本件土地についての借地権の有無をめぐる紛争が生じていた。
<中略>
被告Aはこのような事情を知って、本件各建物の買取りと建物居住者の立退きを内容とする本件委任契約を締結した。
そうであるとすれば、被告Aは「法律事件」に関し委任契約を締結したものというべきである。
<中略>
法律事務」とは、法律上の効果を発生変更する事項の処理を指すものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件委任契約において被告Aが処理すべき事務は、本件各建物の所有者からこれを買い取り、その明渡しを受けることであるが、これが完了すれば本件各建物所有者が有すると主張していた本件土地上の借地権も当然消滅する関係にあるから、右事務は同条所定の「法律事務」に該当すると解するのが相当である。
もっとも、被告らは、本件各建物の買取りやその明渡しは不動産業者である被告会社等が本件土地の借地権を取得するため自己の名で自己の計算のもとにしたから同条に触れるものではない旨主張する。
しかし、同条で禁止する「法律事務」の取扱いとは必ずしも委託者本人の名で同人の計算において行う場合に限る理由はない上、実質的にみても、本件では、右建物の買取りとその明渡しは本件土地につき借地権を有する旨主張する各建物所有者から本件各建物の明渡しを受けて右借地権をめぐる紛争を解決する手段にすぎないというべきである。
したがって、被告会社等が借地権の設定を受けるため自ら当事者としてその出捐のもとに本件各建物を買い取り、その居住者を立ち退かせたとの事実は前記認定を妨げるものではない。
<中略>
本件委任契約においては、前記受任事務を処理することの対価として、本件土地上に第三者に譲渡可能な借地権を設定することが合意されていたこと及び右借地権は本件土地の立地条件等から相当な価値を有するところ、被告会社は現に右借地権を大して価値のない本件各建物と一緒にBに対し六億五五〇〇万円で売却していることを考慮すると、被告Aは、「報酬を得る目的」で本件委任契約を締結したことが明らかである。

【神戸地裁平成13年10月29日判決】
新たな権利義務関係を発生する案件であれば,権利義務に関して争いがなくても,「その他一般の法律事件」にあたるものと解すべきである。

【最高裁平成14年1月22日判決】
弁護士法73条の趣旨は,主として弁護士でない者が,権利の譲渡を受けることによって,みだりに訴訟を誘発したり,紛議を助長したりするほか,同法72条本文の禁止を潜脱する行為をして,国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止するところにあるものと解される。
このような立法趣旨に照らすと,形式的には,他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為であっても,上記の弊害が生ずるおそれがなく,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には,同法73条に違反するものではないと解するのが相当である。

【最高裁平成22年7月20日決定】
被告人らは,多数の賃借人が存在する本件ビルを解体するため全賃借人の立ち退きの実現を図るという業務を,報酬と立ち退き料等の経費を割合を明示することなく一括して受領し受託したものであるところ,このような業務は,賃貸借契約期間中で,現にそれぞれの業務を行っており,立ち退く意向を有していなかった賃借人らに対し,専ら賃貸人側の都合で,同契約の合意解除と明渡しの実現を図るべく交渉するというものであって,立ち退き合意の成否,立ち退きの時期,立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らかであり,弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」に関するものであったというべきである。
そして,被告人らは,報酬を得る目的で,業として,上記のような事件に関し,賃借人らとの間に生ずる法的紛議を解決するための法律事務の委託を受けて,前記のように賃借人らに不安や不快感を与えるような振る舞いもしながら,これを取り扱ったのであり,被告人らの行為につき弁護士法72条違反の罪の成立を認めた原判断は相当である。

【広島高裁平成27年9月2日判決】
同条【※弁護士法72条】のいう「その他一般の法律事件」とは,同条において列挙された事件と同視しうる程度に法律上の権利義務に関し争いや疑義があり,又は,新たな権利義務関係の発生する案件をいうと解するのが相当である。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁平成28年4月7日判決】
控訴人は,被控訴人の活動が弁護士法72条に違反するとの理由により本件支払合意は無効であると主張する。
しかしながら,上記のとおり労働組合が組合員の賃金が未払であることを理由として交渉等の活動を行うことは正当な組合活動であること,本件は,労働組合が組合員の未払賃金について交渉等の活動を行い,その結果,当該組合員も加わった上で,支払について合意に至った解決金の支払を求めるものであって,組合員やその他の関係者らの利益を損ねたりするものでないことに照らすと,本件における被控訴人の活動については,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあったということができ,非弁護士の法律事務の取扱い等を原則として禁止することによって,国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止するとの弁護士法72条の趣旨を潜脱するおそれがないから,同法違反を理由として本件支払合意の無効をいう控訴人の主張は採用することができない。

【東京地裁平成28年7月25日判決】
報酬を得る目的について
「報酬」とは,法律事務の取扱いのための対価をいい,額の多少や名称を問わないが,法律事務の取扱いやこれらの周旋との間に直接的又は間接的に対価関係が認められることが必要であると解される。
この点,原告は,被告は,解除手続を代行することにより,ESシステムを販売するという見返りを受けている以上,ESシステムの販売拡大という利益を得ていると主張する。
しかしながら,従前の電気管理技術者との間の委託契約を解除するに当たり,複雑な手続をとらなければならないといった事情を認めるに足りる証拠はなく,ESシステムサービスを導入しようとする者が,委託契約の解除手続を被告に代行してもらうという利益を得るために,あえて,ESシステムサービスを導入したとは考えにくい。
したがって,被告が,原告の主張するような利益までを得ているとは認められない。
しかしながら,被告は,ESシステムサービスを導入しようとする客に対するサービスとして,従前の電気管理技術者との間の委託契約の解除手続を代行していることが認められる。
とすれば,解除手続の代行行為も,ESシステムサービス契約の契約内容に含まれ,当該客が被告に対して支払う代金の中に,代行行為の対価が含まれていると考える余地もないわけではない。
したがって,被告には,「報酬を得る目的」がないとはいえない。
<中略>
形式的には弁護士法72条本文前段に違反すると認められるような行為であったとしても,弊害が生ずるおそれがなく,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には,同条に違反するものではないと解する余地もあるといえる(最高裁平成12年(受)第828号同14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号123頁,最高裁平成21年(あ)第1946号同22年7月20日第一小法廷決定・刑集64巻5号793頁参照)。
そして,前提事実のとおり,電気保安業務を業として行っている者らが,本件の被告を被告として,被告が行っているESシステムサービスに関する契約締結行為等が,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律上の不公正な取引方法に当たるとして,同法24条に基づき当該行為の差止めを求めるとともに,被告に顧客を奪われたとして,損害の賠償及び遅延損害金の支払を求めて提起した別件訴訟において,不当な取引妨害,不当廉売,ぎまん的顧客誘引,抱き合わせ販売等が認められないとして,請求が棄却され,その判決が最高裁判所の決定により確定している。
そのため,本件行為が社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると解する余地も十分にあるといえる。

【東京地裁平成28年9月26日判決】
報酬を得る目的について
「報酬」とは,法律事務の取扱いのための対価をいい,額の多少や名称を問わないが,法律事務の取扱いとの間に直接的又は間接的に対価関係が認められることが必要であると解される。

【東京地裁平成29年2月20日判決】
「報酬を得る目的」について
「報酬」とは,法律事務の取扱いのための対価をいい,額の多少や名称を問わないが,法律事務の取扱いとの間に直接的又は間接的に対価関係が認められることが必要であると解される。

【最高裁平成29年7月24日判決】
弁護士法72条の趣旨は,弁護士の資格のない者が,自らの利益のため,みだりに他人の法律事件に介入することを業とすることを放置するときは,当事者その他の関係人らの利益を損ね,法律事務に係る社会生活の公正かつ円滑な営みを妨げ,ひいては法律秩序を害することになるので,かかる行為を禁止するものと解されるところ,同条に違反する行為に対しては,これを処罰の対象とする(同法77条3号)ことによって,同法72条による禁止の実効性を保障することとされている。
そして,認定司法書士による裁判外の和解契約の締結が同条に違反する場合には,司法書士の品位を害するものとして,司法書士法2条違反を理由とする懲戒の対象になる(同法47条)上,弁護士法72条に違反して締結された委任契約は上記のとおり無効となると解されるから,当該認定司法書士は委任者から報酬を得ることもできないこととなる。
このような同条の実効性を保障する規律等に照らすと,認定司法書士による同条に違反する行為を禁止するために,認定司法書士が委任者を代理して締結した裁判外の和解契約の効力まで否定する必要はないものと解される。
また,当該和解契約の当事者の利益保護の見地からも,当該和解契約の内容及びその締結に至る経緯等に特に問題となる事情がないのであれば,当該和解契約の効力を否定する必要はなく,かえって,同条に違反することから直ちに当該和解契約の効力を否定するとすれば,紛争が解決されたものと理解している当事者の利益を害するおそれがあり,相当ではないというべきである。
以上によれば,認定司法書士が委任者を代理して裁判外の和解契約を締結することが同条に違反する場合であっても,当該和解契約は、その内容及び締結に至る経緯等に照らし,公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がない限り,無効とはならないと解するのが相当である。

【熊本地裁平成31年4月9日判決】
原告は、不動産の売買等を業とする会社で、平成14年の設立以降これまでに、占有者のある不動産を買い受けて任意交渉によって不動産の明渡しを実現したことが約50回あり、その目的が明渡し後の不動産を転売して利益を得ることにあったことに照らすと、原告は、他人から占有者のある不動産の所有権を譲り受けて、当該不動産の占有者との任意交渉によって不動産の明渡しを実現することを業としているものであり、このような行為は形式的には、他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為(弁護士法73条)であるところ、本件居室の買受けもその一環として行われたものと認められる。
もっとも、弁護士法73条の趣旨は、主として弁護士でない者が、権利の譲渡を受けることによって、みだりに訴訟を誘発したり、紛議を助長したりするほか、同法72条本文の禁止を潜脱する行為をして、国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止するところにあるものと解される。
このような立法趣旨に照らすと、形式的には、他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為であっても、上記の弊害が生ずるおそれがなく、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には、同法73条に違反するものではないと解するのが相当である(最高裁平成12年(受)第828号平成14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号123頁参照)。
この点、原告が占有者のある不動産を買い受けて明渡しを実現したほとんどは、競売手続で不動産を買い受けたものである。
競売手続は不動産の所有者の債権者の申立て等によって開始されるもので、申立債権者等に劣後する占有者の利益を保護すべき要請は乏しいことから、競売手続においては、占有者の占有権限及びその対抗力の有無について相応の調査が行われる一方で、買受けの申出が広く募られ、買受人が法的手段又は任意交渉によって申立債権者に劣後する占有者の明渡しを実現することも広く行われている。
そうすると、不動産の売買等を業とする者が、競売手続において所定の方法で不動産を買い受けて、法的手段又は社会通念上相当な態様での任意交渉によって申立債権者に劣後する占有者の明渡しを実現した場合に、その目的が明渡し後の不動産を転売して利益を得ることにあったとしても、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあり、弁護士法73条に違反するものではないと解されることが多いと考えられる。
しかしながら、原告の本件居室の買受けは、競売手続における買受けでないことはもとより、A【※被告の父=元の所有者】の債権者の権利行使に伴って行われたものでもなく、Aと被告との間で被告の本件居室の占有の継続すなわち被告の占有権限の有無について紛争を生じたことに端を発して、Aの利益を図る目的で行われたものである。
占有者との間で占有者の占有権限の有無について紛争を生じたことを契機とする所有者の不動産の売却について、競売手続のように買受けの申出を広く募ることができる市場が形成されているとは考え難い(原告代表者も、一般人が本件居室のような不動産を買い受けることは事実上不可能である旨供述している。)。
不動産の所有者と占有者との間で占有者の占有権限の有無について紛争がある場合には、その紛争は所有者と占有者の訴訟等によって解決されるべき法律事件であって、弁護士又は弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務(明渡しの任意交渉を含むと解される。)を取り扱うことを業とすることは弁護士法72条本文によって禁止されているところ、弁護士又は弁護士法人でない者が、占有者の占有権限の有無について紛争がある不動産の所有者から不動産を譲り受けて明渡しを実現し、転売して利益を得ることを業とすることは、その潜脱につながるおそれがないとはいえない。
また、このような紛争において、不動産の占有者が所有者に対する占有権限を有しているものの、当該占有権限の第三者に対する対抗力が認められないものであったときは、不動産の占有者は、不動産が第三者に譲り渡されることによってその利益を大きく害されるおそれがある反面、占有者に占有権限があるにもかかわらず不動産を第三者に譲り渡した所有者に対して損害賠償請求権等を取得する場合もあると考えられ、このような不動産の第三者に対する譲渡はみだりに紛議を助長するものであるといえる。
そうすると、不動産の所有者と占有者との間で占有者の占有権限の有無について紛争がある場合に、不動産の所有者の利益を図る目的で不動産を譲り受けて占有者の明渡しを実現することは、占有者の法律生活上の利益に対する弊害が生ずるおそれのある行為であり、これを業とすることは、上記弊害が生ずることが防止されているといえる事情が認められなければ、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあるとはいえず、弁護士法73条に違反するものと解するべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁令和2年2月3日判決】
法的な争いや疑義が具体化又は顕在化している事案が「その他一般の法律事件」に該当することは明らかであるとしても,法的な紛議が顕在化しない限り「その他一般の法律事件」に当たらないと解釈することは,上記のような弁護士法72条の趣旨を没却することになりかねず,相当でない。
他方で,弁護士法72条は刑罰法規であるところ,現代社会においては,あらゆる事象が,およそ何らかの法律に関わっているといえるから,権利義務関係の対立がある案件がすべて「その他一般の法律行為」に該当するとすれば,処罰の範囲が著しく拡大してしまい不当である。
また,争いや疑義が生じる「おそれ」や「可能性」があることを要件とすることも,要件が不明確となり相当でない。例えば,弁護士以外の者が広く一般に行っているいわゆるコンサルタント業務の中には,将来,法的な争いや疑義が生じる「おそれ」や「可能性」があるものが多数存在すると思われるが,争いや疑義が生じる「おそれ」や「可能性」があれば「その他一般の法律事件」に該当するとの解釈によれば,これらの行為が,広く同条違反に該当するということにもなりかねない。
したがって,「その他一般の法律事件」に当たるといえるためには,法的紛議が顕在化している必要まではないが,紛議が生じる抽象的なおそれや可能性があるというだけでは足りず,当該事案において,法的紛議が生じることがほぼ不可避であるといえるような事実関係が存在することが必要であると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件契約の具体的な内容は証拠上必ずしも明らかでないが,被告のホームページによれば,退職に必要な連絡を代行するとされているから,退職の意思を伝達することのほか,退職に伴って生じる付随的な連絡(私物の郵送依頼や,離職票の送付依頼等)を行うことが契約の内容になっていたものと推認できる。
そして,本件では,被告が訴外会社に原告の退職の意思を伝えたのに対し,訴外会社は,原告との契約関係は雇用ではなく業務委託であるとの認識を示したというのであるから,その時点で,原告と訴外会社との間に法的紛議があることが顕在化したといえる。
しかし,原告の主張を前提にしても,原告は,訴外会社の業務を続けているうちに退職したいと考えるようになり,被告に退職に必要な連絡の代行を依頼し(本件契約),被告が原告に代わって訴外会社に退職の意思を伝達した(本件行為)にすぎず,本件契約を締結した時点及び本件行為の時点では,原告と訴外会社との間で,法的紛議が顕在化していたといえないことは勿論,これが生じることがほぼ不可避であるといえるような事実関係が存在したとも認められない。被告は,訴外会社に対し,原告の退職の意思を原告に代わって伝達しただけであり,訴外会社から,原告との契約関係が雇用ではなく業務委託であるとの回答を受けるや,業務を中止しており,法的紛議が顕在化した後は,訴外会社と交渉等を一切行っていない。
以上によれば,本件は,「その他一般の法律事件」に該当しないから,被告が原告と本件契約を締結したこと及び本件行為を行ったことは,弁護士法72条には違反しないというべきである。

【大阪地裁令和5年12月15日判決】
弁護士法72条は、弁護士の資格のない者が、自らの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とすることを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益を損ね、法律事務に係る社会生活の公正かつ円滑な営みを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、かかる行為を禁止する趣旨に出たものであるから(最高裁昭和44年(あ)第1124号同46年7月14日大法廷判決・刑集25巻5号690頁参照)、同条に違反するというためには、他人の法律事件に関して法律事務を取り扱うことを要すると解される。

【東京地裁令和6年5月27日判決】
経済活動として不動産の所有権又は共有持分の売買が日常的に行われていることは公知の事実である。
そして、原告は、宅地建物取引業者であって、不動産の売買を業として行う株式会社であるから、原告が、買い手が付きにくい不動産の共有持分(遺産共有持分を含む。)を買受け、他の共有持分権者に対し、上記共有持分の買取りの交渉をしたり、共有者間の協議が整わない場合に共有物分割請求訴訟を提起したりしていたとしても、直ちに正当な業務の範囲を逸脱するものということはできない(ただし、上記共有持分に基づく個別の権利行使が権利の濫用となり得ることがあることは別論である。)。
したがって、原告が弁護士法73条に違反しているとまでは認められない。

【大阪高裁令和6年7月12日判決】
被控訴人会社について弁護士法72条所定の報酬を得る目的は認められないとしても、同条は、弁護士資格もなく、何らの規律にも服しない者が、自らの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とすることを放置すると、国民の法律生活の公正かつ円滑な営みが妨げられることから、かかる行為を禁圧する趣旨の規定と解される(最高裁昭和46年7月14日大法廷判決・刑集第25巻5号690頁)。
<中略>
本件事業は、弁護士資格のない被控訴人会社が、自らの事業利益のために、譲渡制限株式の株主から、株主たる地位を取得せず、当該株式の実質価格と経営判断価格との差額を事業利益とする目的で当該株式を譲り受け、売買価格決定手続を利用するなどして、本来当該株主に帰属すべき実質的な企業価値を自らの事業利益とし、当該株式とは無関係の一般投資家に分配するというものである。このような業を放置すると、譲渡制限株式の株主が投下資本を回収する利益を保護するために設けられた売買価格決定手続の公正かつ円滑な営みは妨げられるというべきであるから、本件事業の業とする行為は、弁護士法72条本文の禁止を潜脱する行為に当たるというべきである。
<中略>
以上によれば、被控訴人会社が本件事業の業として行った本件売買契約の締結は、国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずるおそれがないとはいえず、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあるとは認められないから、本件売買契約は弁護士法73条に違反して無効である。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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