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急傾斜地崩壊危険区域において造成,立木の伐採,工作物の設置等を行う場合に必要な手続。
解説 |
1.急傾斜地崩壊危険区域とは
「急傾斜地」とは,「傾斜度が三十度以上である土地」をいい(急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下「急傾斜地災害防止法」)2条1項),このうち,崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、工作物の設置・盛土(造成)・立木の伐採等の開発行為(同法7条1項各号に掲げる制限行為)が行なわれることを制限する必要がある土地として指定した区域を「急傾斜地崩壊危険区域」といいます(同法3条1項)。
急傾斜地崩壊危険区域に指定されている土地において,工作物の設置・盛土(造成)・立木の伐採等の開発行為(同法7条1項各号に掲げる制限行為)を行う場合は,原則として都道府県知事の許可を要することになります。
実務上,急傾斜地崩壊危険区域に指定されるのは,急傾斜地の中でも,①勾配30度以上(急傾斜地災害防止法2条1項)②高さ5m以上(昭和44年8月25日付け建設省河砂発第54号通達)③崩壊により危険にさらされる人家が5戸以上又は官公庁舎,学校,病院,旅館等が危険にさらされるもの(同通達)という3要件をすべて満たす「急傾斜地」と,このような急傾斜地に隣接する土地のうち制限行為により急傾斜地の崩壊が誘発助長されるおそれのある土地(「誘発助長区域」といいます)です。
もっとも,このうち「誘発助長区域」については,法令又は通達上の一律の基準はなく,以下のとおり,各県により指定基準・目安は若干異なります。
従って,急傾斜地(勾配30度以上)でない平坦な土地であっても,「誘発助長区域」に該当し「急傾斜地崩壊危険区域」に含まれている場合があるので注意が必要です。
【急傾斜地災害防止法2条1項】
この法律において「急傾斜地」とは、傾斜度が三十度以上である土地をいう。
【急傾斜地災害防止法3条】
1 都道府県知事は、この法律の目的を達成するために必要があると認めるときは、関係市町村長(特別区の長を含む。以下同じ。)の意見をきいて、崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、第七条第一項各号に掲げる行為が行なわれることを制限する必要がある土地の区域を急傾斜地崩壊危険区域として指定することができる。
2 前項の指定は、この法律の目的を達成するために必要な最小限度のものでなければならない。
3 都道府県知事は、第一項の指定をするときは、国土交通省令で定めるとこりにより、当該急傾斜地崩壊危険区域を公示するとともに、その旨を関係市町村長に通知しなければならない。これを廃止するときも、同様とする。
4 急傾斜地崩壊危険区域の指定又は廃止は、前項の公示によつてその効力を生ずる。
【急傾斜地災害防止法7条】
1 急傾斜地崩壊危険区域内においては、次の各号に掲げる行為は、都道府県知事の許可を受けなければ、してはならない。ただし、非常災害のために必要な応急措置として行なう行為、当該急傾斜地崩壊危険区域の指定の際すでに着手している行為及び政令で定めるその他の行為については、この限りでない。
一 水を放流し、又は停滞させる行為その他水のしん透を助長する行為
二 ため池、用水路その他の急傾斜地崩壊防止施設以外の施設又は工作物の設置又は改造
三 のり切、切土、掘さく又は盛土
四 立木竹の伐採
五 木竹の滑下又は地引による搬出
六 土石の採取又は集積
七 前各号に掲げるもののほか、急傾斜地の崩壊を助長し、又は誘発するおそれのある行為で政令で定めるもの
2 都道府県知事は、前項の許可に、急傾斜地の崩壊を防止するために必要な条件を附することができる。
3 急傾斜地崩壊危険区域の指定の際当該急傾斜地崩壊危険区域内においてすでに第一項各号に掲げる行為(非常災害のために必要な応急措置として行なう行為及び同項ただし書に規定する政令で定めるその他の行為を除く。)に着手している者は、その指定の日から起算して十四日以内に、国土交通省令で定めるところにより、その旨を都道府県知事に届け出なければならない。
4 国又は地方公共団体が第一項の許可を受けなければならない行為(以下「制限行為」という。)をしようとするときは、あらかじめ、都道府県知事に協議することをもつて足りる。
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2.急傾斜地崩壊危険区域の確認方法
急傾斜地崩壊危険区域の指定は,厳しい私権の制限を伴うことから,必要最小限でなければならならず(急傾斜地災害防止法3条2項),かつ指定に当たっては調査が必要となります(急傾斜地災害防止法4条参照)。
このような調査が要求されるのは,第一には,「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」のためと解されています(建設省河川局急傾斜地研究会編『急傾斜地法の解説』62頁)。
指定にあたり必要とされる調査方法及び作成・整備すべき書類について,法令又は通達上の一律の基準はなく各県により基準は様々ですが,多くの県では,以下のとおり,「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」に必要となる図面の作成が要求されています(括弧内は各図面の作成要領として指定されている事項)。
(1) 新潟県【急傾斜地崩壊危険区域指定要領(令和3年4月1日最終改正)】第3
・位置図(「国土地理院発行のものとする」「指定区域は赤色ぼかしとし,区域名と指定面積を記入すること」)
・地形図(「実測平面図であることを原則とし,縮尺は600分の1~1000分の1とする」,「図面には図名,縮尺,所在地,区域名を記入する」,「写真の位置及び方向並びに横断図面の測点を記入する」等)
・横断図(「区域の代表的な断面を急傾斜地と保全対象人家と状況が判別できるようにする」,「急傾斜地の高さ,急傾斜地崩壊危険区域及び被害区域の範囲を記入する」)
・字図(「大字界,小字界を写しとり,更に標柱周辺部の境界を写しとり字名,地番を記入する」等)
(2) 愛知県建設局砂防課【急傾斜地崩壊防止施設設計の手引き(令和3年3月)】第5編第2章第1節
・審査用横断図(「法尻を設定する」等)
・審査用平面図(「基図には確定測量図(地番記載)を用いること」,「標柱番号を時計回りにつける」等)
・確定測量図(「区域・地番を記入」等)
・標柱を設置する地番の一覧表と区域指定面積
・標識座標(「所定のエクセルデータ」)
(3) 滋賀県【急傾斜地崩壊危険区域指定事務取扱要領】第7
・位置図(「市町村管内図とし,箇所を明示する」)
・平面図(「標柱番号を時計回りに打つ」,「指定区域内の土地の地番およびその境界について記入する」等)
・字限図(「平面図にあわせて形状をととのえる」等)
・標準断面図(「指定区域および被害区域の延長ならびに指定区域の高さを明示する」)
・求積図(「座標求積または復元可能な三斜求積を添付する」)
(4) 広島県土木局砂防課【急傾斜・地すべり・雪崩技術指針(平成26年4月)】Ⅰ第2章1
・位置図
・平面図(「実測平面図であること」,「横断面図の測点を記入する」等))
・横断面図(「平面図に記入した測点番号と対応させる」,「写真に番号を付し,撮影位置及び方向を平面図中に記入する」等)
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上記のような各県の運用実態に鑑みても,私権の厳しい制限に繋がる急傾斜地崩壊危険区域に指定する際は,慎重な調査の上,「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」のために必要な図面・台帳等を作成・整備する必要があると考えられます。
また,区域の指定は,当該区域の住民のみならず,一般公衆にも影響するため,関係図書を備え付けて一般公衆の閲覧に供するなど「一般に周知させるための措置を講するのがふさわしい」,「実務上は区域の範囲を平面図に記載したものを準備しておき,必要に応じ公衆の閲覧に供することとするのが望ましい」とされています(建設省河川局急傾斜地研究会編『急傾斜地法の解説』61頁,161頁以下)。
従って,通常は,急傾斜地崩壊危険区域に指定する段階で,各都道府県において現地調査のうえ詳細な図面・台帳等が作成され,保管されているはずですので,これにより急傾斜地崩壊危険区域の範囲を確認することができます。
【急傾斜地災害防止法4条】
前条第一項の指定は、必要に応じ、当該指定に係る土地に関し、地形、地質、降水等の状況に関する現地調査をして行なうものとする。
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結論 |
以上より,急傾斜地崩壊危険区域に指定されている土地において,工作物の設置・盛土(造成)・立木の伐採等の開発行為(急傾斜地災害防止法7条1項各号に掲げる「制限行為」)を行う場合は,原則として都道府県知事の許可を要します。
そして,急傾斜地(勾配30度以上)でない平坦な土地であっても,「誘発助長区域」に該当し「急傾斜地崩壊危険区域」に含まれている場合があります。
そのため,多湖・岩田・田村法律事務所では,たとえ平坦な土地であっても,勾配30度以上の崖地付近にある場合は,造成したり太陽光発電設備等の工作物を設置する際に事前に各都道府県の担当(通常は砂防課)に問い合わせ,急傾斜地崩壊危険区域に指定されていないかを確認するよう助言しています。
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実務上の注意点 |
3.急傾斜地崩壊危険区域に指定されている範囲(境界)が不明瞭な場合
急傾斜地崩壊危険区域に指定した場合には,当該都道府県は,遅滞なく,当該指定区域内に区域の略図を示した「標識板」(縦70センチ,横90センチ,地上高120~150センチ)と,位置を示す「標識杭」(縦9センチ,横9センチ,地上高100センチ)の2種類を設置することとされています(急傾斜地災害防止法6条,同法施行規則3条,建設省河川局急傾斜地研究会編『急傾斜地法の解説』68頁)。
また,急傾斜地崩壊危険区域台帳には,上記標識板及び標識杭のほか,急傾斜地崩壊危険区域の指定範囲を明示するため「標柱(実務上「指定標柱」といいます)」の設置及び維持に係る事項も記入するものとされていることから(昭和54年6月4日建設省河傾発第22号「急傾斜地崩壊危険区域台帳の整備について」記載要領11項参照),実際の現場には,標識板及び標識杭だけでなく,指定標柱も設置されているのが通常です。
運用上,標識杭が指定標柱の役割を兼ねることも少なくありませんが,標識杭はあくまで急傾斜地崩壊危険区域が存在することを一般に周知するために設置されるもので必ずしも指定区域の境界線上に設置されているとは限らないのに対し,指定標柱は,急傾斜地崩壊危険区域の指定範囲を確定するために区域境界線上に設置されるもので「境界杭」としての役割を果たすものです。
上記標識杭や指定標柱が経年により崩壊したりズレたりしたためにこれを復元する場合には,指定時に作成した図面・台帳等に基づき復元する必要がありますが,復元に耐え得る図面・台帳等が欠如している場合は,およそ復元は困難といえます(特に急傾斜地崩壊危険区域の中でも,急傾斜地そのものではなく,誘発助長区域の場合は,平坦な土地であり,また前記のとおり,各県や地域により指定基準(範囲)自体も一律でなく,その範囲を明確に判断・確定することは一層困難であるといえます)。
上記のごとく復元困難な状況下において,特に誘発助長区域にける制限行為(違反行為)を理由とする監督処分(急傾斜地災害防止法8条)等をすることは,曖昧不明確な基準による不意打ち的な不利益処分となるため,著しく不合理であると考えられます(「急傾斜地崩壊危険区域内」で違反行為を行ったことの立証も困難です)。
従って,復元に耐え得る図面・台帳等が欠如し,土地所有者からの聞き取り・立会い等を経ても当初の指定範囲を復元困難な場合は,本来であれば、当初の指定を廃止し(急傾斜地災害防止法3条3項後段),改めて現況に基づき,急傾斜地及び誘発助長区域を調査(測量等)し直して「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」を明確にした上で再指定する必要があると考えられます。
そして,仮に現況がもはや急傾斜地(勾配30度以上,高さ5メートル以上)及び誘発助長区域と判断できない土地については,再指定もできないものと考えられます。
なお,広島県土木建築局砂防課【急傾斜・地すべり・雪崩技術指針の一部変更について(令和3年1月21日)】別紙32頁でも,「開発行為等によって,急傾斜地そのものがなくなってしまったような場合には,指定区域を廃止(解除)することとなる」と記載されています。
また,急傾斜地災害防止法に類似する制度である土砂災害防止法7条1項による「土砂災害警戒区域」の指定についてですが,【国交省水管理・国土保全局砂防部平成29年9月29日通知別紙2「土砂災害警戒区域の解除の要件」】にも,「切土により、勾配30度、または、がけ高5mの要件が満たされなくなった場合」など,「盛土や切土等により地形的条件が改変され、指定の条件を満さなくなった場合には土砂災害警戒区域を解除する」と記載されています。
以上より,現地において標識杭や指定標柱が欠落しており,都道府県に備え付けの図面・台帳等も欠如していておよそ復元が困難な場合には,都道府県に対し,当初の指定を廃止して再調査し急傾斜地崩壊危険区域の範囲(開発行為が制限される範)を明確にしたうえで再指定するよう働きかけてみることも有益と思われます。
【急傾斜地災害防止法6条】
都道府県は、急傾斜地崩壊危険区域の指定があつたときは、国土交通省令で定めるところにより、当該急傾斜地崩壊危険区域内にこれを表示する標識を設置しなければならない。
【急傾斜地災害防止法8条】
1 都道府県知事は、次の各号の一に該当する者に対して、前条第一項の許可を取り消し、若しくは同項の許可に附した条件を変更し、又は制限行為の中止その他制限行為に伴う急傾斜地の崩壊を防止するために必要な措置をとることを命ずることができる。
一 前条第一項の規定に違反した者
二 前条第一項の許可に附した条件に違反した者
三 偽りその他不正な手段により前条第一項の許可を受けた者
2 都道府県知事は、前項の規定により必要な措置をとることを命じようとする場合において、過失がなくてその措置をとることを命ずべき者を確知することができず、かつ、これを放置することが著しく公益に反すると認めるれるときは、その者の負担において、その措置をみずから行ない、又はその命じた者若しくは委任した者に行なわせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、その措置をとるべき旨及びその期限までにその措置をとらないときは、都道府県知事又はその命じた者若しくは委任した者がその措置を行なうべき旨を、あらかじめ、公告しなければならない。
【急傾斜地災害防止法施行規則3条】
都道府県は、急傾斜地崩壊危険区域の指定があったときは、遅滞なく、法第六条に規定する標識を別記様式第二の例により設置するものとする。
【土砂災害防止法7条】
都道府県知事は、基本指針に基づき、急傾斜地の崩壊等が発生した場合には住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域で、当該区域における土砂災害(河道閉塞による湛水を発生原因とするものを除く。以下この章、次章及び第二十七条において同じ。)を防止するために警戒避難体制を特に整備すべき土地の区域として政令で定める基準に該当するものを、土砂災害警戒区域(以下「警戒区域」という。)として指定することができる。
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※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。
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